2018年5月6日日曜日

古い町並みが残る有松へ…♪

ゴールデンウィーク中、一日だけ、名古屋まで遠出しました。
ノリタケの森」で紅茶のイベントがあったからです。









時間に余裕があったので、帰り道、以前から行きたかった「有松」に寄ってきました。
ちょうど名鉄の復路にあるのです。 
名鉄「有松駅」から、古い町並みまでは歩いてすぐ。
電柱も撤去(地中化)してあるので、すっきりとして気持ちよく歩けますね。 
中心となるのは”旧東海道”。 





有松は、1608年に、尾張藩によってつくられた町。
有松絞り”で有名です。
耕地が少なかったため、副業として絞染めを工夫したのがはじまりだとか。
東海道を往来する旅人の土産物として名物になり、町は有松絞りとともに繁栄。 


現在、有松絞りの絞りの技法は100種類もあるそうです。 



1784年、村の大半が焼失するという大火に見舞われます。
復興の際、建物は火災に備えて漆喰を厚く塗り込めた塗籠造になり、萱葺き屋根に替わって瓦葺が使用されました。
尾張藩の援助もあって、20年ほどでほぼ復興したそうです。 

そののちも、さまざまな防火対策が施された家屋が建てられました――連子格子、なまこ壁、虫籠窓、卯達など。 
今も当時の面影を残した町家が並んでおり、重要伝統的建造物群保存地区に選ばれました。







   これは明治時代のガス灯の名残りだそうです。↓









落ち着きのある伝統ある町並みは絵になりますね。
歩いているだけでうきうきします。
私は現代的な都会よりやっぱり、古さが残るこんな雰囲気が好きです。  


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2018年4月30日月曜日

紅茶と巡る世界の音楽イベント

日本フィルハーモニー交響楽団さんとのコラボイベントを、池袋コミュニティ・カレッジさんでさせていただきました! 

子ども向けの音楽づくりワークショップで、音楽にうとい私が関わらせていただけることになったのは、ワークショップのテーマが「紅茶」だったからです。 

ワークショップのメインは、紅茶をイメージした曲作り。
私は曲作りに入る前に、子どもたちに紅茶のことを知ってもらい、飲んでもらう前段階を担当させていただきました。 

コミュニケーション・ディレクターのマイケル・スペンサーさんや、スタッフの方と事前にお話合いをさせていただき(今はインターネットでチャットができるので国が違っても無料でできて便利ですね)、子どもたちに体験をしてもらって楽しんでもらうこと、紅茶は3種類で、国が違うもの、特徴あるものを…などのご希望をうかがって、インドのダージリン、中国のキームン、日本はどうしようと悩んだ末、ただにしきの紅茶にさせていただきました。

「ただにしき」という品種は、今は育てている方が少ない、希少品種ですが、明治時代、世界に通用する品質のよい紅茶を作るために、日本で開発された初期の品種で、もとになったのは、多田元吉(国産紅茶の父とよばれている)がインドから持ち帰ったアッサム系の茶の種。

多田元吉の名前をもらって「多田錦」という名前がつきました。 
静岡県裾野市にある「不二聖心女子学院」のキャンパス内にある不二農園の茶葉から作られた、ただにしきの紅茶を、ちょうどいただいたので、これは子どもたちにも伝えたいと思い、当日持っていきました♪ 

こちらの不二農園は明治初期にまでさかのぼる歴史があり、ホームページには以下のように書いてあります。

 「4万5千坪に及ぶ広大な茶畑の良質な茶葉から、緑茶、ほうじ茶、紅茶が生産され、学院関係者や愛飲家の皆様から好評を頂いています。
また、紅茶専用の茶木「ただにしき」がまとまって栽培されているのは不二農園だけと言われ、聖心の紅茶「ただにしき」は裾野ブランド商品に認定されているほか、紅茶を使った洋菓子も不二聖心の生徒により「ソフィア-ジュ」と命名され、地元で販売されています」 

ワークショップが始まる前に、日フィルのみなさんにも飲んでいただいたのですが、さっぱりしている、懐かしい感じがするなど、好評をいただきました。 

また、マイケルさんのご希望で、本物の茶の葉も見せたいとのことで、浜松市細江にある「まるたま製茶」さんにお願いして、3種類の茶の枝をちょこっと、切って頂戴いたしました。

ちょうど緑茶の新茶の時期でお忙しい中、快く茶葉をくださったまるたまさん、ありがとうございます! 

茶の葉を実際にさわってもらって「やわらかい」「すべすべしてる」「色がきれい」など、子どもたちも素直な感想を言ってくれましたよ♪ 

3種類の紅茶を淹れるのは、私ではなく子どもたち自身です。

私がまず淹れて見本を示したあと、子どもたちは用意したティーポットで紅茶を淹れて飲んでいきました。
普段は家で紅茶は飲まないみたいで、お湯を扱うのもおそるおそるでしたが、興味津津の様子で楽しく淹れていたのが印象的でした。苦いといって水でうすめたりもありましたが、甘い、苦い、へんな味(!)など、それぞれ、自分なりの表現で紅茶を味わっていました。 

30分という短い時間でしたが、紅茶のことを知ってもらえる機会をいただけて、子どもたちも飽きずに興味を持ってもらえたのを感じて、うれしく思いました。 

そのあとの曲作りも、さすが日フィルさん。
3つのグループごとに、個性あふれる、紅茶をイメージした曲ができていました!!すばらしかったです!!  

このワークショップはこの日で終わりではなく、5月6日(土)に行われる日フィルさんの『Cha-Cha-茶! 紅茶と巡る世界の音楽』というイベントが本番です。
「紅茶と音楽」をテーマに、日フィルさんが参加型のコンサートをされます!!! 

ワークショップに参加した子どもたちがこのイベントに出てくるかも!?? 
11:30~/14:30~ と、2回あり、西武百貨店本館9階屋上で、参加費無料で聴くことができますよ~(^◇^) 
ご興味のある方、ぜひ、行ってみてくださいね!! 

日フィルさんの、子どもたちを対象にしたエデュケーション・プログラムについてはこちら。 

2018年4月28日土曜日

4月の台湾旅行記 その6(最終回・二二八和平公園)


2018年4月13日(金) 台湾での最終日。

空港までの混載送迎バスのピックアップが10:40と、かなり早いのが痛手ですが、それまでの数時間も無駄にしたくはありません!! 

とはいえ、お店は開いてないので…レトロな建物を見て回ることにしました。 

MRT「台大医院駅」で降りると…向かいには緑豊かな「二二八和平公園」が広がっていました。
テレビで見たあの光景が!あちこちで太極拳をやっている人々、本当にいる~~(加わりたい!!笑→実は本気でそう思った) 




中国風のあずまやが、台湾情緒を盛り上げてくれます。 


公園内にあるこちらの建物は↑「国立台湾博物館」。台湾一美しいとの評判。
ギリシャ・ローマ様式の入口と、丸いドーム屋根が特徴的ですね。
落成は1915年。中を見たかったけれど、時間がない…(>_<) 


そしてこちらが↑「台湾大学医学院旧館」。1916年に完成。
思わず「うわ~」と声が出たほどの迫力と美しさに圧倒。
まさに”美しすぎる病院”だと思いました!!

二本一組のドーリア式の柱、二階の丸窓、いちばん上の弧を描いた両側に対称の屋根部分も凝ってますね~。
今も現役で使われているのもすばらしく、中にも入ってみたかったのですが、何しろ時間がない…(>_<) 


 ↑一番見たかったのがこちらの「総統府」。1919年落成。
当時、どこからでもこの建物が見えたというくらい、さすがの大きさ、堂々たる建物。
中央の棟は60mもあるそうです。

第二次大戦でかなりの損傷を受け、1946年に再建されました。
衛兵やら警官やらがあちこちにいて、ものものしい雰囲気です。
近くからの撮影は禁止されているとネットで読んだので、遠くから…。
こちらも内部が見学できますが、今回は無理~~。 


 ↑総統府のとなりにあるのが「司法大厦」=台湾の最高司法機関「司法院」。1934年落成。
こちらも現役で使われているとのこと。
地味なタイルのモスグリーンは「国防色」と呼ばれ、空襲を避けるためだったそうです。 


  ↑総統府の裏にあった「国史館」。
台湾総監督府交通局逓信部として1924年に竣工。
博物館になっていて見学できるようです。 


西門駅へ続く通りにも、引きつけられる古い建物がいろいろ。 


↑こちらの「旧台北信用組合」は1927年の建築。 
窓の上にフクロウの彫刻、「夜もあなたの大事な財産を守っていますよ」という意味があるそう。 

こうして建物を見ながら、宿泊ホテルの最寄り駅「西門駅」まで歩きました。
西門駅のそばにも、「西門紅樓」という古いレンガ造りの建物があります。
1908年に市場として建てられたもの。
現在はカフェやショップなどが入るリノベ複合施設です。 



 
名残は惜しいけれど、9時過ぎにはホテルに戻ります。
朝早くホテルを出たけれどもう蒸し暑くて、そんな中歩いて回ったので汗びっしょり。
シャワーを浴びてから朝食へ。
いっぱい歩いたのでたくさん食べました^_^; 

送迎バスは空港へ向かう途中に免税店へ立ち寄りました。
観光客相手の免税店で、いつもはこうしたお店は素通りしてしまうので新鮮でした。
免税店では買い物はしませんでしたが、空港内で、変わり種のパイナップルケーキ(鳳梨酥)を見つけて購入。プレーン以外の味も試したかったのです。 


 
後日、家で食べ比べ ↑
左がプレーン、まん中が阿薩姆(アッサム)紅茶味、右の緑が文山包種茶味。

もうひとつ、紅麹味の赤いパイナップルケーキも入ってました。
どれもおいしく、パッケージもかわいしかったので気に入りました。

台湾のパイナップルケーキには、冬瓜が入ったものもあって、それは安いパイナップルケーキだとか。
冬瓜の入ってない正統派には「土」がつくらしく、このパイナップルケーキにも「土鳳梨酥」と書いてありました。

でも、安いパイナップルケーキは子どもの頃食べた懐かしい味と言って、そちらを好む台湾人も多いそうです。 

14:30発のチャイナ・エアラインは、20分くらい、出発が遅れましたが、無事に静岡空港へ到着。
自分の車で行けるので、重かったり、かさばったりするお土産も安心して買うことができたのも、静岡空港利用の利点です。おまけに駐車場代は無料♪ 
3泊4日はあっという間でした(初日は寝るだけで終わってしまうし…)。

今度は4泊5日くらいはしたいところです。
次は台中にも行きたいな~。
もちろん、暑い時期は避けて…(^_^;)

2018年4月27日金曜日

4月の台湾旅行記 その5(華山1914文創園区・永康街)

迪化街のあとに立ち寄ったのが、「華山1914文創園区」。
ここは1914年に酒と樟脳(しょうのう)の工場として建てられ、1922年に廃業。

長い間、放置されていましたが、2007年からクリエイティブでアートな空間として再開発が始まりました。 






 

工場の跡地のリノベーションとしては、台北には「松山文創園區」もあります。
こちらは1937年に建設された、台湾最初のタバコ工場(1998年に閉鎖)でした。
崋山1914よりも早くに、アートな文化施設として開発が始まったところです。
ここは時間がなくて写真をぱぱっと撮るだけしかできませんでした…。

池(タバコ工場の時からあったとか)の周りは緑が豊かで公園のよう。
都会の中のオアシスという感じです。


↑ 松山文創園區


話は”崋山”に戻ります。
広い敷地を見て回っているうちに、天気がどんどん悪くなり――きました!スコール!! やっぱり南国なんだな~と実感。

すごい雷雨なので、おとなしく小降りになるまでじっと待ちました(・_・;) 
20分くらい待って落ち着いてきたので、夕食を予定している「鼎泰豊(ディンタイフォン)」の本店へと向かいました。 

「鼎泰豊」は、日本にも支店がある、小籠包で超有名な台湾料理店。
ミシュランガイドにも掲載されたそうです。
どこの店舗も連日行列で順番待ちということで、どうしようか迷っていたのですが、今回、ホテルへの送迎バスの中で、ガイドさんが、優先的に入れてもらえるミールクーポンを案内してくれたんです。
内容が決まったコース料理で、もちろん小籠包もその中の一品として含まれています。
このクーポンを持っていると、順番待ちの人がいても優先されるので、時間帯によってはほぼ並ばずに入れるというので、料金がちょっとお高かったけれど、クーポンを購入しました。 

行く時間は自由とのことで、お店に着いたのは18時過ぎ。
夕食時なのでたくさんの人が順番待ちをしていました。クーポンをスタッフの方に渡すと、本当に、すぐに席へと案内されました!!(クーポンの威力、すごし) 

外から見ると小さなお店に見えましたが、奥に長く、二階、三階もあって、私たちは二階に案内されました。
掃除も行き届いていて、気持ちがいい店内です。
そして、スタッフの人がみんな若い!!!
そして女性は美人さんで、みんなミニスカート(きゃ~)。
日本語もほぼ伝わります。 




 
小籠包のほかに、海老餃子、野菜餃子、焼売、チャーハンなどがどんどん出てきましたが、やっぱり一番おしかったのは小籠包です!!! 
その次がチャーハン。

酸辣湯(サンラータン)は、私には辛すぎました…(>_<) 
名前や評判に負けないお店だと思いました。
そのうえサービスもよく、人気があるのもうなづけます。
次回は小籠包をもっとたくさん食べたいので、並んで入ることにします! 

おなかがいっぱいになったあと、永康街(ヨンカンジェ)をぶらぶらしました。
「鼎泰豊」本店のそばの通りが永康街で、茶館やかき氷屋、雑貨屋さんなど、グルメやショッピングが楽しめるエリアです。
ガイドブックにも載っていて、2月の台湾旅行でも来て、茶藝館でお茶を楽しみました。

夕食後なので20時近くになっていましたが、まだ開いているお店が多く、観光客にはありがたいですね。
前回行ったお店も商品が新しくなっていたり。ブティックのようなお茶屋さんを見つけたりと、夜のショッピングも楽しみましたよ。 

おなかがいっぱいでしたが、今回こそ、台湾名物・タピオカミルクティーを飲みたかったので!!買いました!! 
量がありすぎて、とても一人では飲みきれなかったので、友達に手伝ってもらいました(笑) 

タピオカミルクティーは、東京の「貢茶」(台湾ティー専門店)で飲んだことがあり、味もおんなじでしたが(^_^;) 
ミルク感がやはり本場だからか、濃い感じ。 


 
夜ごはんの話になったので。
昨日の夜はどうしたかというと…。 
お茶料理を食べたくて、「竹里館」へ行ったのですが、お店が18時で終わるとは思わず、「閉店です」と言われて頭真っ白…。
困っていたら、お店の方が、同じオーナーが経営している火鍋のお店を紹介してくれました。
辛いのは苦手だと言うと、「辛くない味もありますよ。もうお店が終わったので私が連れていってあげますよ」と。なんて親切な!! 
これもご縁です。お言葉に甘えて、火鍋のお店「若荷(ルオホー)」で夕食をとったのでした。

暑かったので鍋はまったく頭になかったけれど、こちらの方は暑くても鍋を食べるそうですね。
案内してくださった女性は日本に住んだご経験もあるそうで、日本語がぺらぺら、本当に助かりましたm(__)m 

オーナーさんはベジタリアンで仏教徒だそうで、ベジタリアンでも食べられる、手軽な料金の火鍋のお店をオープンされたとのこと。
しかも茶館のようなたたずまいで、オシャレなんです。 


 
鍋のスープの味は6種類から選べます。「薬膳」と「トマト」にしました。
ベジタリアン鍋なので、具材は野菜類がた~くさん。
前菜、ドリンク、デザート類もあり、すべて食べ放題というブッフェ形式です。

私は、お昼に猫空で食べた茶葉料理がまだ消化されておらず(;O;) 
残念ながらたくさん食べることはできませんでしたが、そんな時でも野菜は入る!!ありがたや~。

しかも鍋でかさが減るので、なんだかんだ言って食べたかも・笑。 

まだまだ、食べていない台湾めしはたくさんあるので、次回訪問も楽しみです(もう次も来る気でいる私^_^;) 

 その6につづく

2018年4月26日木曜日

4月の台湾旅行記 その4(迪化街)

台湾旅行記、迪化街散策のつづきです。

迪化街で、お茶好きなら、ぜひ行ったほうがいいとお勧めされていた「新芳春行」へ。
ここはお茶の博物館になっています。 





 
台湾のお茶貿易は、1860年に淡水が開港させられたあと、イギリス人商人ジョン・ドットから始まったといわれています。

台湾茶輸出の利益に目を付けて、李春生(英語が堪能だったため貿易仲介人となった。
台湾の茶産業に貢献した人物で、台湾茶の父と呼ばれる人)とともに、貿易を始めたのです。

製茶工場は、迪化街ではなく、迪化街のはずれにたてられて、この「新芳春行」も、昔は製茶工場だった建物で、当時は台北でも最大の茶工場だったそうです。 

建物は三階建て。三開間三進(間口が三間、奥行き三間)の造りで、約500坪。
製茶工場兼自宅だった当時がわかるように再現されているので、台湾茶の歴史を、製茶業者の生活とともに垣間見ることができるのがいいですね。 









 
一階は、このあたりの茶貿易の歴史や行商人のエピソードなどを伝える展示で、奥には焙煎室や選別室といった部屋があります。
プロジェクション・マッピングで、どのように作業が行われていたかがわかる工夫もさすがです。 





 ↑二階は、2016年の台湾ドラマ「紫色大稻埕」の撮影セットが残されています。
舞台は、日本統治時代の台湾、1924年。
見たいな~~~~。





 ↑三階は、この建物を政府に寄贈した王さんの家の生活風景が再現されているとのこと。
ドラマの撮影セットの続きかと思ったくらい、上品でオシャレ。
茶業で豊かな生活を送っておられたのでしょう。


↑ 品茶卓。おもしろかったのは「一進(住宅の玄関側)」と「二進」をつなぐ「穿心廊」。

茶業では重要な空間の一つで、各地から運ばれてきた茶葉を検品、選別する作業に使われていた場所だそうです。
茶葉を置く「品茶卓」(テーブル)は当時のものみたいです。 

お茶好きなら、ここで一日過ごすこともできるほど、充実した博物館です。
ここが無料なんて…うれしすぎます。 

後ろ髪引かれる思いで「新芳春行」をあとにし、来た道を引き返し(迪化街を「北門駅」のほうへ)、遅いランチをどこにしようかと悩みます。

が、さきほどいただいた杏仁豆腐と豆花がまだ消化されておらず^_^;、夜は小龍包のお店に行くことにしていたので、食事はしないで、茶館で軽くお茶をすることにしました。 

オシャレにリノベされた茶館はいっぱいあって迷ったのですが、「南街得意」にしました。一階が茶道具を主とする雑貨屋さんで、中庭をはさんだその奥も雑貨屋さん。


茶館は手前(一進)の二階にあります。  

モダンすぎず、ちゃんとレトロを残しているところがにくい。
この茶館は「民藝埕」の二階にあるのですが、ほかにも「小藝埕」「眾藝埕」と、「○○埕」と名前がついた複合ビルがあり、それらはみな、歴史に造詣が深い台北市出身のオーナーが運営する世代群(Sedai Group)が手がけていると知り、納得!!!(どのビルもリノベの雰囲気が似ているんですよね) 

とはいえ、台北ナビの記事によると、「よい物を作っているだけではダメです。物作りや活動の経緯(ストーリー)、そしてその人となりが大切です。そして、この地域の伝統産業と関連するようなものが好ましい」という思いがあるとのこと。
奇をてらって目立つのではなく、温故知新の精神で溶け込む…そんな感じを受けました。 








 
窓辺が雰囲気があってよかったけれど、暑そうだ(^_^;) ってことで、中のほうの席へ。

日本語のメニューがあり、また、茶葉見本を入れた瓶を持ってきてくれるのもうれしい。
私は文山包種、友達は東方美人を。
お茶菓子もいろいろついてきました。

ちょこっとをいろいろ、の茶菓子が女子心をつかみますね。

暑かったので、冷たいお茶が飲みたかったけれど、メニューにないので…(-_-;) 

汗をせっせとぬぐいながら(笑)飲みました。

ここも、気づいたら周りはみんな日本人でした^_^;(日本のガイドブックに載っていますものね) 
さし湯もたっぷりあって、まったりくつろぎましたよ。 

その5につづく